料理

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朝ごはんを作るようになったのは、実に数年ぶりだ。
わたしは、32歳のときから、2,3年間、薬で寝入っていたためと、元夫の気遣いから、
家事から解放されていた。

食事に関しては、いい思い出がない。
もしかしたら、いいおもいでもあったかもしれないが、どうしても思い出せない。
いい思い出が記憶にない。

私が作る朝ごはんと、元姑の作る朝ごはんを、比較されていた。
元夫からは、注文は出るが、おいしい、という言葉は、まずでなかった。

元 お姑さんは、鮮魚店で働いており、畑もやっていた。
きのこなども育てており、朝ごはんには新鮮なお魚や、野菜たちがならんだ。
都会で、私が作る朝ごはんなんて、眉間にしわを寄せて食べていた。食べないときが、多かったかも。
創意工夫が、なかったわけでもないんだけどもなあ。
手取り13万での生活だったり、少し余裕が出ても、食費を削ったりで、
わりといい食材を、選べなかったのもある。
少ない中、がんばったけども、それは伝わってなかった。

今は、幸せだ。
私の作るものは、なんでも喜んで食べてくれる。
わたしも、また作る気になるし、いろいろチャレンジしてみたくなる。
なにも文句は言わないばかりか、一生懸命食べてくれる。
褒めてくれる。
感想ひとつ、ちがうかもしれない。
なにも、結婚したばかりだから、というわけでもなさそうだ。
夫の口からも表情からも、満足してることが十分に伝わってくる。

それぞれのお姑さんの違いもあるだろう。
先の姑は、素材に恵まれていたし、お魚屋さんの腕があった。
私のほうが、つたないようにおもわれていた。
今回の姑は、あまり手の込んだ料理をつくるひとではないらしく、夫はわたしの作るものの方が、好ましいらしい。
評価されているのがよくわかる。

姑さんの違いで、嫁の手製の料理の価値が、ぜんぜん違ってくる。

男の人は、母親の作るものが、必ず好きだとはおもう。


わたしは、料理が好きだ、得意だ、というわけではないが、
生活を楽しむということは好きだから、わりと料理するほうだ。
子供の頃から、母を手伝ったり、自分が食事を作ったりしていた。
一人暮らしでは、毎日つくって食べていた。コンビニの弁当はおいしくなくて買わなかった。

けちばかりしてすごしていた前回の結婚生活の教訓を生かして、
おいしさを重視したご飯をつくるように、普通に食材をそろえて、作っている。

わたしの母は、職業をもっていたので、手の込んだ料理はl記憶にないが、
それでも豪華に毎回作られて、おいしかった。お弁当もおいしかった。どこの家より豪華だった。
お弁当を見せるのにも抵抗はなかったし、母のおにぎりは、人にあげても自慢だった。
(よそから おにぎりをもらって食べたことも何度かあるが、まずかった。)

子供の頃も感じていたことだけれども、衣食住みたされており、こと食事に関しては贅沢だった。
たまによそのお宅で食事をしたりしたときも、そう感じていた。

今は、彼に、お金をもうすこし削れ、といわれてもしょうがないくらいだ。

現在は、料理をつくるのが、さほど億劫ではなく、むしろ好んでやっている。
いろいろ作ってみて、得意料理も作りたいし、毎日 食材を見ただけで、すぐに何かが浮かぶようになりたい。
今でも、結構浮かぶのだけれども、彼の好みを考えながら、新しいものを探している状態だ。

自分の女の時間、主婦の時間は、一時の病気で削り取られているから、
今再び台所に立って、削れた時間を補うかのように、料理を作っているかもしれない。

前の夫にしてやれなかったという悔しさもある。

途切れた時間をすごした結果は、別れだったので、それ以上してやれることは何もなく、
今わたしは心の中で、一生懸命、本当の自分はこうだったんだ、こうなんだ、と、
言い訳をしている。分かれた夫に、どうだ見たか、これでうまいといえ、そう言っている。
わたしにも、やればできるでしょう? 毎日台所で、そう問いかける。
おいしいと、言って欲しかったなあ。認めて欲しかったなあ。(まったく言ったことが、ないわけではない。何度かはある。)

毎朝、毎晩、すべてガツガツ食べる、今の夫が、愛おしい。
「お前の作る料理はうまい。」

独り身のときに、家に遊びに来た彼に、食事を振舞ったとき、そういってくれた。
そのときに、運命は決まっていたのかもしれない。
本当にうれしかったなあ。
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by jador07 | 2008-11-23 12:31

カタルシスを得るために


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